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ネット断ち 読書感想 

この本のテーマ沈潜すること


「沈潜する」とは
自分を磨くこと
自分との対話、作品を読んで本質に迫り、自分の深い部分や心の奥底に沈んで潜っていく感覚。
自分の無意識の世界、内面の世界を改めて発見することこそ「沈潜力」です。

ネットであらすじを調べても「沈潜する」というのは情報を収集することではない。
頭に入れておいたとしても深い教養や人格は身につきません。
その世界に入り込み実体験として感じることが大切です。

深く沈潜することで教養が身につき、
すると思考や感性の幅が広がり内面世界が豊かになります。
教養を身につけることによって人は強く生きることができ幸福にもつながります。

深く沈潜することによって得られた知識は記憶として定着します。
定着したものが教養なのかもしれません。

読書を通して人格と出会う


この本で書かれていたのは、ネットから距離を置いて「深い人格」と出会うことが大切だということです。

精神的に成長し人格を鍛え上げるためには経験を積むことが必要です。
しかし人は多くの経験を積むことが出来ません。
一生のうちに積むことが出来る経験には限度があります。

そのため有効なのが読書なのです。
本は疑似体験できるため、多くの経験を積むことが出来きます。
そうすることで自分の人格も作られる。
人間は深い精神世界に触れることで人間性の深みを作ることが出来きるのです。

この本では色々な本を紹介していました。
ドストエフスキーの罪と罰、夏目漱石の私の個人主義、ソクラテス、ツァラトゥストラ、デカルトなど

知ってはいるけど読んだことがなかったので読んでみたいと思いました。

ここで重要なのが偉大な人格に触れるのはいいが一人だけを信じて絶対的な存在にしてはいけないということです。
質の悪い宗教にはまってしまうような危険な影響を受ける可能性があるそうです。

一人だけではなく10人の本を読んで10人の優れた人格に触れること

自分の中に偉大な人格を取り込むことでその人格の知性が自分の中で繋がります。
それで深い教養となり、自分自身の人格が陶治されていきます。

身体を取り戻す、情報は外側、教養は身についたもの


ネットをしている人は呼吸が浅い
自律神経の交感神経が優位になっているため
緊張状態や興奮状態になっているのです。

情報は外側教養は身についたもの、通読自体が一つの体験となり自分自身の一部となる。

ネットで調べればいくらでも調べることが出来ます。
いちいち本を読んだりしなくても、調べれ簡単に答えを手に入れることが出来るのになぜ本を読むのか。
それは情報を集めても本当の教養は身につかないからです。

そんな情報が氾濫した世の中で情報を得るほど不安や孤独感が掻き立てられています。
確かに私たちは答えを得ることが容易にできるようになりました。
情報に触れる機会は多くなったのに情報を処理する能力は昔と変わりません。

質の悪い情報どころかウソまでも蔓延しているネット世界。
そこから真実を見つけるのも苦労します。
ネットでの情報は混合玉石。

情報が増えることで心が弱くなっている現代人。
偉大な人格と触れ合う機会が少ないからだと作者は考えているそう。

すべてネットが悪いわけではない


SNSでコミュニケーションするのは同質の人、自分の好きな範囲の中でしかない。
それでは人格を鍛えることが出来ません。

ネットで何をするのかが問題なのです。
SNSも沈潜するツールになります。
マンガやアニメでも沈潜できますし、ネットでも沈潜できます。
それは次から次へと情報と触れるネットサーフィンという感覚ではありません。。

ネットで何をするのか、どういう関り方をするのかが問題なのです。
ぐっと入り込んでいく場合には沈潜で良いものです。

ネットのテキストは頭に定着しにくく、
ネット上は無法地帯で口汚い言葉が飛び交い、24時間軽い緊張状態が続きます。
そうすると集中力がなくなり判断力や意志力が衰えてしまう。

SNSにのめりこむと逆に不安感や焦燥感、精神的な葛藤が誘発され精神エネルギーを奪われます。
そうするとパフォーマンスが落ちてしまう。
SNSにより他社依存が高まり、本来の自信をはぐくむことが出来なくなります。
結果、精神が脆弱になり打たれ弱い人になってしまうのです。

インターネットでどんな情報に触れるかが大事。
その場の楽しみが得られる方向に流れていまいSNSで不毛な会話や投稿に時間を費やしてしまうというのが問題なのです。

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